岸田國士戯曲賞
岸田國士戯曲賞(きしだくにおぎきょくしょう)は、白水社が主催する日本の戯曲賞。劇作家・岸田國士の名を冠し、1955年に第1回が決定された。新人劇作家の登竜門として知られ、「演劇界の芥川賞」とも呼ばれる[1]。
概要
岸田國士戯曲賞は、原則として1年間に雑誌・単行本などで活字化された戯曲を対象とする。ただし、選考委員などの推薦を受けた場合には、上演台本や生原稿も例外的に選考対象となる[2]。応募制の賞ではなく、選考委員・関係者の推薦や、その年に上演・発表された戯曲の評価をもとに候補作が選ばれる。
賞の性格は、単なる戯曲文学賞にとどまらず、現代演劇における新しい書き手や表現様式を発見する制度として位置づけられてきた。受賞者には正賞として時計、副賞として賞金が贈られる[3]。
名称
正式名称は「岸田國士戯曲賞」。創設時の名称は「新劇戯曲賞」であり、1961年の第7回から「新劇岸田戯曲賞」、1979年の第23回から現在の「岸田國士戯曲賞」となった[2]。
沿革
1954年、白水社の演劇雑誌『新劇』創刊を契機として、「新劇戯曲賞」が設けられた。第1回は1955年に決定され、受賞作は該当なし、矢代静一『壁画』が佳作となった[2]。
1961年には、新潮社が主催していた「岸田演劇賞」の廃止を受け、岸田國士の名を継承する形で「新劇岸田戯曲賞」と改称された。1979年には「岸田國士戯曲賞」と改称され、以後この名称で継続している[1]。
1960年代後半から1970年代にかけては、別役実、唐十郎、佐藤信、つかこうへいら、アングラ・小劇場演劇の作家が受賞し、賞の性格も新劇中心の戯曲賞から、現代演劇の変化を映す賞へと広がっていった。とくに唐十郎『少女仮面』の受賞は、新劇から小劇場演劇へと演劇の中心が移動していく時代を象徴する出来事として語られる[1]。
選考
毎年、対象期間中に発表・上演された戯曲から複数の最終候補作が選ばれ、選考会によって受賞作が決定される。候補作は、活字化された戯曲だけでなく、上演台本も多く含まれる。近年は最終候補作が期間限定でウェブ公開されることもある[4]。
選考委員は時期によって異なる。第69回および第70回では、市原佐都子、上田誠、岡田利規、タニノクロウ、野田秀樹、本谷有希子、矢内原美邦が選考委員を務めた[3][5]。
特徴
岸田國士戯曲賞の特徴は、戯曲の文学的完成度だけではなく、上演を通じて現代演劇に新しい視点や方法をもたらした作品が評価されてきた点にある。白水社の公式資料では、選考対象について「原則として一年間に雑誌発表、または単行本にて活字化された作品」としながらも、画期的な上演成果を示したものについては、推薦を受けた上演台本や生原稿も対象に含めるとしている[2]。
そのため、岸田國士戯曲賞は文学賞であると同時に、上演芸術としての演劇を評価する賞でもある。受賞作には、リアリズム演劇、アングラ演劇、小劇場演劇、ポストドラマ的な作品、会話劇、コメディ、音楽劇、身体性の強い作品など、多様な作風が含まれる。
お笑い・コントとの関係
岸田國士戯曲賞は演劇賞であるが、喜劇、コント、テレビ・映画脚本、芸人出身作家とも接点を持つ。
三谷幸喜は2001年にミュージカル作品『オケピ!』で受賞した。宮藤官九郎は2005年に『鈍獣』で受賞し、同年には岡田利規『三月の5日間』も受賞した[6]。また、ヨーロッパ企画の上田誠は2017年に『来てけつかるべき新世界』で受賞した[6]。
お笑いとの直接的な接点としては、かもめんたるの岩崎う大が第64回・第65回で最終候補となっている[6]。さらに、ダウ90000の蓮見翔は第66回で『旅館じゃないんだからさ』、第68回で『また点滅に戻るだけ』が最終候補となり、第70回で『ロマンス』により受賞した[5]。この受賞は、コント・演劇・テレビ的会話劇を横断する現代的な書き手が、岸田國士戯曲賞の射程に入った例といえる。
主な受賞作・受賞者
- 1968年 - 別役実『マッチ売りの少女』『赤い鳥の居る風景』
- 1970年 - 唐十郎『少女仮面』
- 1974年 - つかこうへい『熱海殺人事件』
- 1983年 - 野田秀樹『野獣降臨』
- 1989年 - 岩松了『蒲団と達磨』
- 1995年 - 平田オリザ『東京ノート』、鴻上尚史『スナフキンの手紙』
- 1997年 - 松尾スズキ『ファンキー! 宇宙は見える所までしかない』
- 1999年 - ケラリーノ・サンドロヴィッチ『フローズン・ビーチ』
- 2001年 - 三谷幸喜『オケピ!』
- 2005年 - 宮藤官九郎『鈍獣』、岡田利規『三月の5日間』
- 2008年 - 前田司郎『生きてるものはいないのか』
- 2009年 - 本谷有希子『幸せ最高ありがとうマジで!』、蓬莱竜太『まほろば』
- 2010年 - 柴幸男『わが星』
- 2012年 - ノゾエ征爾『○○トアル風景』、藤田貴大『かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。』、矢内原美邦『前向き!タイモン』
- 2014年 - 飴屋法水『ブルーシート』
- 2015年 - 山内ケンジ『トロワグロ』
- 2016年 - タニノクロウ『地獄谷温泉 無明ノ宿』
- 2017年 - 上田誠『来てけつかるべき新世界』
- 2018年 - 神里雄大『バルパライソの長い坂をくだる話』、福原充則『あたらしいエクスプロージョン』
- 2019年 - 松原俊太郎『山山』
- 2020年 - 市原佐都子『バッコスの信女―ホルスタインの雌』、谷賢一『福島三部作』
- 2022年 - 福名理穂『柔らかく搖れる』、山本卓卓『バナナの花は食べられる』
- 2023年 - 加藤拓也『ドードーが落下する』、金山寿甲『パチンコ(上)』
- 2024年 - 池田亮『ハートランド』
- 2025年 - 安藤奎『歩かなくても棒に当たる』、笠木泉『海まで100年』
- 2026年 - 大石恵美『よだれ観覧車』、蓮見翔『ロマンス』
近年の受賞
第68回
第68回は2024年3月1日に選考会が行われ、池田亮『ハートランド』が受賞した。最終候補には、安藤奎『地上の骨』、蓮見翔『また点滅に戻るだけ』、メグ忍者『ニッポン・イデオロギー』などが選ばれた[6]。
第69回
第69回は2025年3月13日に東京・日本出版クラブで選考会が行われ、安藤奎『歩かなくても棒に当たる』、笠木泉『海まで100年』が受賞作となった。白水社によれば、正賞は時計、副賞は各30万円であった[3]。
第70回
第70回は2026年2月16日に東京・日本出版クラブで選考会が行われ、大石恵美『よだれ観覧車』と蓮見翔『ロマンス』が受賞作に選ばれた。最終候補作は、石黒麻衣『季節』、大石恵美『よだれ観覧車』、川村智基『DOGHOUSE』、島川柊『ウテルス』、筒井潤『唯一者とその喪失』、額田大志『彼方の島たちの話』、蓮見翔『ロマンス』、メグ忍者『Eternal Labor』の8作品であった[5]。
蓮見翔の『ロマンス』は、ダウ90000の第7回演劇公演として上演された作品であり、ダウ90000公式サイトでも第70回岸田國士戯曲賞受賞が報告された[7]。
評価
岸田國士戯曲賞は、受賞作の一覧そのものが戦後日本演劇の変遷を示している。初期には新劇の枠組みの中で戯曲文学を評価する賞であったが、1960年代後半以降はアングラ・小劇場演劇の作家を取り込み、以後も現代演劇の更新と密接に結びついてきた[1]。
また、受賞者や候補者には、演劇のみならず映画、テレビドラマ、コント、音楽、文芸、パフォーマンスアートなど他分野で活動する作家も多い。そのため、岸田國士戯曲賞は劇作家の登竜門であると同時に、日本語による舞台表現の変化を記録する指標としても重要である。
関連人物
関連項目
外部リンク
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 (2024-03-11)岸田國士戯曲賞, artscape, 参照日: 2026-05-02.
- ↑ 2.0 2.1 2.2 2.3 岸田國士戯曲賞の歴史, 白水社, 参照日: 2026-05-02.
- ↑ 3.0 3.1 3.2 (2025-03-13)第69回岸田國士戯曲賞発表, 白水社, 参照日: 2026-05-02.
- ↑ (2026-01-27)第70回岸田國士戯曲賞最終候補作品決定, 白水社, 参照日: 2026-05-02.
- ↑ 5.0 5.1 5.2 (2026-02-16)第70回岸田國士戯曲賞決定、受賞作は大石恵美「よだれ観覧車」と蓮見翔「ロマンス」, ステージナタリー, 参照日: 2026-05-02.
- ↑ 6.0 6.1 6.2 6.3 岸田國士戯曲賞受賞作・候補作一覧1-70回, 文学賞の世界, 参照日: 2026-05-02.
- ↑ (2026-02-17)第70回岸田國士戯曲賞 受賞のご報告, KOHEN, 参照日: 2026-05-02.