小林賢太郎
| 小林賢太郎 | |
|---|---|
| 本名 | 小林 賢太郎(こばやし けんたろう) |
| 生年月日 | 1973年4月17日(53歳) |
| 出身地 | 神奈川県横浜市 |
| 最終学歴 | 多摩美術大学卒業(絵画科版画専攻、1996年) |
| 出身校 | 多摩美術大学 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 劇作家・演出家・コント作家・元パフォーマー |
| 旧所属 | トゥインクル・コーポレーション |
| 活動期間 | 1996年 - 2020年(パフォーマー活動) |
| コンビ・グループ | ラーメンズ |
| 相方 | 片桐仁 |
| 担当 | 作・演出・出演 |
| 芸種 | コント・舞台 |
| 結成年 | 1996年 |
概要
小林 賢太郎(こばやし けんたろう、1973年4月17日 - )は、日本の劇作家、演出家、コント作家、元パフォーマー。神奈川県横浜市出身。多摩美術大学卒業。ラーメンズでは、主に作・演出・構成を担い、片桐仁とともに舞台コントを中心とする独自の表現を確立した。現在は表舞台から退き、舞台・映像・書籍などの企画、脚本、演出、執筆を中心に活動している。スタジオコンテナ公式プロフィールでは、小林の仕事を「舞台、映像など、エンターテインメント作品の企画、脚本、演出。小説、絵本、漫画などの執筆」と説明している[1]。
ラーメンズとしては、1998年から2009年までに本公演17作を上演。ラーメンズ以外にも、演劇プロジェクトK.K.P.、ソロパフォーマンスPotsunen、コント集団カジャラ、『小林賢太郎テレビ』、オンライン劇場シアター・コントロニカなど、多数のプロジェクトを展開した[1]。
2020年11月16日付で芸能活動を引退し、以後はすべての表舞台から退いた。所属事務所だったトゥインクル・コーポレーションは、本人の強い希望により引退となったこと、今後は執筆活動などの裏方仕事を続けることを発表している[2]。
経歴
小林賢太郎は、多摩美術大学在学中に片桐仁と出会い、卒業後にラーメンズとして本格的に活動を開始した。多摩美術大学の卒業生紹介では、ラーメンズの小林賢太郎・片桐仁が1996年に絵画科版画専攻を卒業したことが記載されている[3]。
1998年からラーメンズの本公演を開始し、以後17作を上演。1999年にはNHK『爆笑オンエアバトル』に出演し、「現代片桐概論」などのシュールなコントで知名度を上げた。スポニチは、ラーメンズが1996年に多摩美術大学版画科の同級生同士で結成され、1999年開始の『爆笑オンエアバトル』で「現代片桐概論」などにより知名度を上げたと説明している[2]。
2002年からは演劇プロジェクトK.K.P.を展開し、2005年からはソロパフォーマンスPotsunenを開始した。2009年からはNHK BSプレミアムで『小林賢太郎テレビ』を放送。2016年からはコント集団カジャラを始動し、舞台と音声コントを発表した[1]。
2020年にパフォーマーとしての活動を終了。以後は、note、舞台制作、映像制作、書籍執筆など、作り手としての活動に軸足を移した。2023年にはオンライン劇場「シアター・コントロニカ」を開設し、舞台『回廊』、映画『回廊とデコイ』などを発表。2024年には『KREVA CLASS - 新しいラップの教室 -』『表現を仕事にするということ』『並行食堂』、2025年には『学芸員 鎌目志万とダ・ヴィンチ・ノート』『ノームの夜 ~並行食堂~』『イミノウム』などを手がけている[1]。
生い立ち・学生時代
神奈川県横浜市出身。美術大学である多摩美術大学に進学し、片桐仁と同級生として出会った。多摩美術大学では絵画科版画専攻に在籍しており、1996年に卒業している[3]。
美術大学で学んだ視覚的な構成感覚は、後のラーメンズの作風にも強く反映された。ラーメンズのコントは、言葉遊びだけでなく、舞台上の余白、人物の配置、照明、衣装、小道具、反復構造などを精密に設計する特徴を持つ。スポニチも、ラーメンズの舞台について、シンプルな舞台美術、モノトーンの衣装、裸足というビジュアル、言葉遊びや知的センス、ミステリー的構成、手品のようなトリックが重なり、「唯一無二の世界観と存在感」を作っていたと評している[2]。
活動開始
小林賢太郎の本格的な活動開始は、片桐仁とのラーメンズ結成に始まる。片桐は2024年のインタビューで、ラーメンズとしての活動について「1996年に多摩美術大学を卒業して、そこからスタート」と語っている[4]。
初期のラーメンズは、学園祭や小劇場、テレビの若手ネタ番組などを通じて活動を拡大した。1999年には『爆笑オンエアバトル』に出演し、若手コントグループとして知名度を獲得した[2]。
ラーメンズの初期代表作には、「現代片桐概論」「読書対決シリーズ」「日本語学校シリーズ」などがある。これらは学園祭でもよく披露されていたと片桐が回想している[4]。
転機
小林賢太郎にとっての大きな転機は、ラーメンズがテレビ中心ではなく舞台本公演中心の活動へ移行したことである。1998年から本公演を重ね、2009年の第17回公演『TOWER』まで、ラーメンズは劇場公演を核に人気を拡大した。スポニチは、ラーメンズの本公演について、1998年から17回を重ね、毎回チケット入手困難であったと報じている[2]。
もう一つの転機は、ラーメンズ以外の個人プロジェクトの展開である。2002年からK.K.P.、2005年からPotsunenを開始したことで、小林は「コンビの一員」から、舞台作家・演出家・ソロパフォーマーとしての活動領域を広げた[1]。
2020年の芸能活動引退も大きな転機である。事務所発表では、2019年頃から本人より2020年末で表舞台から引退したい旨の相談があり、最終的に本人の強い希望により引退となったと説明されている[2]。
現在の活動
現在の小林賢太郎は、表舞台には立たず、作り手として活動している。スタジオコンテナ公式プロフィールでは、2021年にnote「小林賢太郎のノート」を開始し、2023年にオンライン劇場「シアター・コントロニカ」を開設したことが記載されている[1]。
2024年以降も舞台・書籍・映画などの制作を継続しており、2024年には舞台『KREVA CLASS - 新しいラップの教室 -』、書籍『表現を仕事にするということ』、舞台『並行食堂』を発表。2025年には舞台『学芸員 鎌目志万とダ・ヴィンチ・ノート』、映画『ノームの夜 ~並行食堂~』、きむすば劇場『オートリバース』、舞台『イミノウム』などに関わっている[1]。
本人の2026年の自己紹介では、現在は「つくり手に専念」していると述べ、ラーメンズ全17公演、Potsunen、カジャラ、ゴールデンボウルズなどを経て、現在は「シアター・コントロニカ」や新シリーズ「ル・コント」でコントを発表していると説明している[5]。
芸風・特徴
小林賢太郎の特徴は、言葉・構造・形式・視覚設計を組み合わせてコントを構築する作家性にある。
ラーメンズのコントでは、日常的な会話よりも、講義、授業、ニュース、実験、試験、面接、プレゼンテーション、儀式、観察記録のような「形式」がよく使われる。小林はその形式を細かく設計し、途中でルールをずらしたり、言葉の意味を反転させたり、同じ構文を反復させたりすることで笑いを作る。
片桐仁はインタビューで、ラーメンズのコントについて、相方である小林は「設計図のようなものを相当細かく書く方」だったと語っている。さらに、お笑いの舞台では、設定をどの段階で伝えるか、どの振りでどれだけ受けるかといった細かい調整が必要であり、ラーメンズはそうしたさじ加減を重視していたと述べている[4]。
スポニチも、シンプルな舞台美術、モノトーン衣装、裸足のビジュアル、知的センス、ミステリー的構成、手品のようなトリックが重なり「唯一無二の世界観と存在感」を作っていたと評している[2]。
主な活動
小林賢太郎の主な活動は、以下のように整理できる[1]。
| 分野 | 内容 |
|---|---|
| ラーメンズ | 1998年から本公演17作を上演 |
| K.K.P. | 2002年から展開した演劇プロジェクト |
| Potsunen | 2005年からのソロパフォーマンス |
| 小林賢太郎テレビ | 2009年からNHK BSプレミアムで放送 |
| カジャラ | 2016年からのコント集団 |
| note | 2021年から「小林賢太郎のノート」を開始 |
| シアター・コントロニカ | 2023年開設のオンライン劇場 |
| 書籍・映像・舞台 | 脚本、演出、執筆、映画制作など |
ライブ
ラーメンズ本公演
小林の代表的なライブ活動は、ラーメンズ本公演である。1998年の第1回公演『箱式』から2009年の第17回公演『TOWER』までに17作を上演した。スポニチは、ラーメンズの本公演が毎回チケット入手困難であったことを報じている[2]。
K.K.P.
2002年から始まった演劇プロジェクト。『TAKEOFF〜ライト三兄弟〜』『ノケモノノケモノ』『振り子とチーズケーキ』『うるう』などを発表している[1]。
Potsunen
2005年から始まったソロパフォーマンス。公式プロフィールでは、8度の全国ツアーと3度の海外ツアーを行ったと記載されている[1]。
カジャラ
2016年から開始したコント集団。舞台と音声コントを発表した[1]。
テレビ
小林賢太郎のテレビ活動としては、ラーメンズとしての『爆笑オンエアバトル』出演、『小林賢太郎テレビ』、CM出演などがある。
特に『小林賢太郎テレビ』は、2009年からNHK BSプレミアムで放送された代表的なテレビ活動である。スタジオコンテナ公式プロフィールでは、「NHK BSプレミアムにて『小林賢太郎テレビ1〜10』を放送」と記載されている[1]。
また、ラーメンズとしてAppleの日本版CM「Get a Mac」に出演したことも知られている。多摩美術大学の卒業生紹介では、ラーメンズの「TV-CM『Get Mac』」出演が記載されている[3]。
ラジオ・Podcast
小林賢太郎は、片桐仁に比べるとラジオ・Podcastを主戦場とはしていない。主な活動は舞台、映像、書籍、note、オンライン劇場であり、定期的なラジオパーソナリティとしての活動は目立たない。
ただし、音声表現への関心はあり、カジャラでは舞台とともに音声コントも発表している。スタジオコンテナ公式プロフィールでは、カジャラについて「舞台と音声コントを発表」と記載されている[1]。
YouTube・配信
小林賢太郎は、現在、オンライン劇場「シアター・コントロニカ」を通じてコントや舞台表現を発表している。スタジオコンテナ公式プロフィールでは、2023年にオンライン劇場「シアター・コントロニカ」を開設したことが記載されている[1]。
また、ラーメンズ公式YouTubeチャンネルでは、過去のコント映像が公式公開されている。本人の2026年自己紹介でも、ラーメンズ全17公演に触れた上で、現在は新しいコント公演シリーズを始めていると説明している[5]。
その他の活動
小林は、舞台・映像だけでなく、書籍、絵本、漫画、小説などの執筆活動も行っている。スタジオコンテナ公式プロフィールでは、小説、絵本、漫画などの執筆が活動内容として明記されている[1]。
2024年には書籍『表現を仕事にするということ』を発表しており、作家・演出家としての経験を言語化する方向にも活動を広げている[1]。
賞レース・受賞歴
小林賢太郎およびラーメンズは、M-1グランプリやキングオブコントのような賞レースで売れたタイプではなく、劇場公演、映像作品、テレビネタ番組、口コミによって評価を高めた。
ラーメンズとしては『爆笑オンエアバトル』への出演歴が重要であり、1999年に番組出演を通じて知名度を上げたことが報じられている[2]。
関連人物・ユニット
| 人物・ユニット | 関係 |
|---|---|
| 片桐仁 | ラーメンズの相方 |
| ラーメンズ | 小林の代表的コントユニット |
| K.K.P. | 小林の演劇プロジェクト |
| Potsunen | 小林のソロパフォーマンス |
| カジャラ | 小林のコント集団 |
| シアター・コントロニカ | 小林のオンライン劇場 |
| トゥインクル・コーポレーション | かつての所属事務所 |
| スタジオコンテナ | 小林の制作拠点・公式サイト |
引退
2020年11月16日をもってパフォーマー・芸能活動を引退。今後は執筆活動などの裏方に回ると発表された[2]。事務所発表では、2019年頃から本人より2020年末で表舞台から引退したい旨の相談があり、最終的に本人の強い希望により引退となったと説明されている[2]。
エピソード
- 片桐仁によれば、ラーメンズ時代の台本は非常に長く、50ページ分ほどの二人芝居を1〜2日で覚えることもあったという。片桐は、当時は台詞を覚えるのが得意で、3回ほど読めば大体覚えられたと語っている[4]。
- ラーメンズの本公演は、テレビ露出が少なかったにもかかわらずチケット入手困難の人気を誇った[2]。
- 2020年の引退時、事務所は本人の才能を理由に慰留したが、本人の強い希望により引退となったと発表している[2]。
関連項目
脚注
- ↑ 1.00 1.01 1.02 1.03 1.04 1.05 1.06 1.07 1.08 1.09 1.10 1.11 1.12 1.13 1.14 1.15 小林賢太郎のプロフィール, スタジオコンテナ, スタジオコンテナ, 参照日: 2026-05-05.
- ↑ 2.00 2.01 2.02 2.03 2.04 2.05 2.06 2.07 2.08 2.09 2.10 2.11 2.12 小林賢太郎 引退は4〜5年前から決意, スポニチ Sponichi Annex, 参照日: 2026-05-05.
- ↑ 3.0 3.1 3.2 ラーメンズ(片桐仁、小林賢太郎)|卒業生一覧, Aworks, 多摩美術大学, 参照日: 2026-05-05.
- ↑ 4.0 4.1 4.2 4.3 【SP】片桐仁さん ロングインタビュー, 朝日マリオン・コム, 参照日: 2026-05-05.
- ↑ 5.0 5.1 小林賢太郎自己紹介 ver.2026, note, 参照日: 2026-05-05.